2022年4月23日、北海道知床半島沖にて26人乗りの遊覧船(観光船)「KAZUⅠ」が沈没する事故が発生しました。
当該船舶の沈没という事態の根本的原因については目下、海上保安庁が捜査中ですが、現在までの報道によると悪天候で敢えて出航した船長の判断ミス、社外コンサルタントによる会社の利益優先の経営姿勢、船舶の損傷が起因となった可能性などが取り沙汰されています。
そして、今回の事故では『アマチュア無線の不正利用』が大きな注目を集めています。この記事では当該事故におけるアマチュア無線の不正利用問題に関して取り上げます。
沈没した当該船舶「KAZUⅠ」ならびに同業他社はアマチュア無線を日常的に会社との業務連絡用として不正利用する行為が発覚しており、北海道総合通信局が実態解明に向けて調査を開始。
なお、「KAZUⅠ」の運行会社側(基地局側)のアンテナ(当初、業務用かアマチュア無線用か判別できなかったが現在はアマチュア無線用との見方が優勢)は本年1月ごろから折れて落下した状態であり、”KAZUⅠは自社とアマチュア無線であっても連絡が取れない状態”でした。
このため、規定の時間を過ぎても帰港しないことを心配した同業他社の従業員が『自社のアマチュア無線設備』を使って「KAZUⅠ」に呼びかけたところ、同船船長から『現在浸水している』との連絡を受けています。このため、他社従業員はすぐさま海上保安庁へ118番通報。
旅客機その他航空機がカンパニーラジオで会社と業務連絡を行うのと同様に、民間の遊覧船なども本社との業務連絡が必要。今回、事故を起こした当該観光船事業者『有限会社 知床遊覧船』への業務無線割り当ては468MHz帯の簡易無線(※デジタル簡易無線(登録局)とは異なる)。本来であれば、この簡易無線にて業務連絡を行わなければなりませんが、北海道総合通信局の調べでは当該事業者は安全管理規程に連絡方法として業務用無線設備の設置が必要であるにもかかわらず、それらが確認できない上にその代替とする目的か、本来は電波法で業務連絡に使用できないアマチュア無線を不正に利用していたことが判明しています。
『滝を通過したとか、ポイント通過の連絡で(アマチュア無線が)使われていた。違反の疑いがあることは確認できた』
事故発生から約2週間後の5月12日、北海道総合通信局では当該事業者ならびに道東地域の複数の同業者に対して緊急に立ち入り調査を行なっており、沈没した遊覧船の事業者については『免許が確認できなかった。実態はわからなかった』としています。
同局の担当者によると、聞き取りには社員が「船が事務所に業務連絡する際、アマチュア無線を使っていた」と証言。同社の船はツアー中、「今、滝を通過」など、あらかじめ決めた地点を通る際、事務所への連絡手段としてアマチュア無線を使っていたという。
同社が国に届けた安全管理規程には、船長と運航管理者らとの連絡手段は衛星電話、携帯電話、業務用無線の3種を挙げていた。しかし、社員は少なくとも昨年8月の入社時以降、「船からの連絡には主にアマチュア無線を使っていたようだ」と話したという。
同局の担当者は調査後、「少なくともアマチュア無線を業務で使っていたことは確認できた」と話した。
一方、今回の調査にあたり、同局は、同社の住所で個人が使用許可を取ったアマチュア無線機の記録を持参。利用実態を調べようとしたが、事務所にあった無線機は、記録にないものだった。カズスリーにあった2台の無線機のうち1台が記録と同じモデルということが確認できたのみ。誰が使用許可を得ているのか不明な無線機について、社員は「元社員のものではないか」と説明したが、無線の免許に関する資料も見当たらず、実態は分からなかったという。
出典 読売新聞 https://www.yomiuri.co.jp/national/20220513-OYT1T50071/2/
また、別の1社で無許可でのアマチュア無線の設置(開局)の実態が確認されていますが、その1社とは事故当日に当該遊覧船「KAZUⅠ」からアマチュア無線による救助要請に気づき、善意で118番へ通報した同業他社。同社事務所のアマチュア無線機は局免の有効期限が過ぎて失効しており、無免許状態であったとのことです。
北海道総合通信局の山田無線通信部長によれば、その他の事業者については「船長同士の雑談や日常会話で無線を使っていた。運用の問題はなかった」と、5月12日に放送されたSTVの「どさんこワイド179」において述べています。
余談ですが、皮肉か冗談か不明なるも『アマチュア業務以外の通信は違法なのだからアマチュア無線での日常会話や雑談は違法だ』と主張する勢もいる中で『アマチュア無線での日常会話や雑談』は運用上の問題がないことを図らずも監督官庁が認めた形になっています。
この記事を書いている5月下旬の時点で北海道総合通信局では目下調査中で、なぜ当該事業者が『認可された業務用簡易無線』での連絡ではなく、アマチュア無線を使用していたか詳しくは不明ですが、高額な簡易無線機や衛星電話の購入費用、携帯電話の通話不能エリアであることなどが指摘されています。
まず、業務無線とアマチュア無線の『飛びの良さ』で比較した場合、アマチュア無線の移動局では最大50wまで許可される一方、468MHz帯の簡易無線では最大5wまで。確実に連絡が取れるならば、法を犯してまでも、どちらを選ぶでしょうか。
しかしながら、道東地域でアマチュア無線の不正利用が行われていた事実に対して、この地域の正規のアマチュア局が、ただ黙って不正利用を見過ごしていたということではないことも事実です。
同じく道内放送局のHBCの報道によれば、日本アマチュア無線連盟(JARL) 釧路根室支部の監査指導委員(放送当時の肩書)鈴木一樹氏が以下のように述べています。
「総合通信局の方は動いてくれなかったという事実を無視できないのかなと思います。おそらく甘いというよりも(アマチュア無線を)『遊びの無線』だからという感じだったのかな(行政の姿勢も)変わってほしいなというところはあります」
出典 HBC「腹立たしい!」憤る無線家 アマチュア無線 不正使用で通信手段すべて不備 運航会社の杜撰な安全管理の実態 背景に通信コスト節約の可能性も 北海道知床 2022年5月17日放送 もうひとホリ
HBCの報道によれば、鈴木氏はこれまでたびたび、アマチュア無線による不正な利用を監視・指導する立場から総通に80条報告を行なっていましたが、同氏によれば『北海道総合通信局は動いてくれなかった』とのことです。
一方、道内では2020年にも北海道新聞がアマチュア無線の不正利用の実態について問題提起を行なっていますが、その中で北海道総合通信局は「限られた人員で指導・警告を行っており、決して放置しているわけではない」と説明しています。とはいえ、正規のアマチュア無線局からは厳正な取締を求める声が上がっていた事実があったようです。
当サイトでも以前から解説している通り、アマチュア無線による営利目的の業務連絡は電波法で認められていない違法行為です。
また、非常事態における緊急通報の手段としても、すでに船舶では『国際VHF』が安全航行を目的として広く普及している中で、アマチュア無線を優先かつ唯一の連絡手段とするのは明らかに不適切と言わざるを得ません。
なお、アマチュア無線における『非常通信』であっても、従事者免許と無線局免許が必要となっている。
船舶による緊急事態の通報には、多くの船舶に聴取義務があり、警備救難当局も24時間傍受している上述の国際VHFの呼び出しチャンネル(16ch)が最適で適正に使用されるべきと考えます。
国際VHF無線機、免許、検査等の費用が嵩むからといって、人命を疎かにしてアマチュア無線を使うことはあってはなりません。