80年代の冷戦期に比べれば鳴りをひそめていますが、いまだ一部の国では脈々と行われている短波や中波帯を利用した乱数放送。これは世界各国で暗躍している、それぞれの国の工作員への秘密指令に他なりません。
我が国の周辺では、かつて北朝鮮の国営放送局である平壌放送(Voice of Korea)が行ったとされる『A3放送』と呼ばれる乱数放送があります。
AMモード(ダブル・サイドバンド)の表記が”A3”であることからその名称がついたこの放送は、正規の番組放送の所々に暗号文を入れて放送されるもので、北朝鮮政府による同国工作員または協力者への暗号通信手段として長年にわたって行われたとされています。
画像の出典 警視庁が押収した北朝鮮スパイが情報収集に使っていたスパイの道具 写真特集:時事ドットコム
このA3放送は、長年公然と行われてきたスパイへの指令ではあるものの、その実態は判然としません。実際の元工作員への取材を元にした報道によれば、A3放送による指示の一つには対日有害活動の中でも最も被害が深刻と言える日本人拉致の指示があったことが指摘されています。それに関連し、我が国領海内で発生した工作船事件の直前、A3放送が活発化したという話もあります。なお、工作船事件の際には、北朝鮮本国と工作船との短波無線による交信を自衛隊の通信施設が傍受しています。
北朝鮮は乱数放送で国外の工作員に指令を出していることを警察や自衛隊は知っている?
北朝鮮当局からの乱数放送による指令は工作員による日本人拉致に深く関与している疑いがあり、国家の安全保障に関わるため、これらに関連する通信手段等の情報は我が国の警察や自衛隊、そして情報機関が把握し、それぞれの機関が協力して電波を傍受、暗号を解読して情報収集や分析を行っていると考えられます。
具体的な情報は公にされませんが、一般にはこのような活動はいわゆる「シギント (Signals Intelligence:SIGINT)」と呼ばれる諜報活動の一環で、政府機関が他国の工作機関の電波を傍受、暗号を解読して通信を解析することは諸外国同様、いわゆる「シギント」と推定されます。
一般に各国および日本の自衛隊で行われている諜報活動については下記サイトで詳しく解説しています。
自衛隊情報本部は陸海空それぞれの情報部門を統合し、情報収集と分析活動を総合的に行い、政府首脳に国家の安全保障に関する情報を提供しています。
一方、警察庁でも同様に情報収集や国家の安全保障に関するシギント活動を行います。対朝鮮半島防諜の大元は警察庁警備局ですが、国内外の治安に関する情報収集やテロリズム、スパイ活動、組織犯罪などに関する情報を収集し、分析しています。また、都道府県警察本部も各地域における治安情報の収集や対処に関与しています。
北海道北広島市の郊外には巨大な対数周期アンテナやワイヤーアンテナが展張された施設がありますが、畑の真ん中にひっそりと聳え立つこの謎の建造物は警察庁情報通信局の直轄である「千歳通信所」と呼ばれる施設で、北朝鮮当局と在日工作員やそのシンパとのHF通信による乱数放送の傍受がその主な任務とされています。
千歳通信所は実際に外国の電波を傍受するシギント活動の主体となる警察庁警備局外事情報課が運営する日本全国に10ヶ所以上設けられた通信所の一つですが、庁舎に警察施設との表記を出しておらず、過去には関東のある通信所が市販の地図に掲載された際、警察当局が削除依頼を行ったこともあります。
TBSテレビの報道局記者である竹内明氏のレポートによれば、実際の傍受作業に当たっているのは情報通信局の技官ですが、通信所自体は警察庁警備局外事情報課の直接指揮下にあるとしています。
また、★阿修羅♪掲示板の「No Such Agency(そんな機関はない)」、「Never Say Anything(何も喋るな)」と揶揄されるという記事では「警備局採用の通信職員と情報通信局採用の通信職員らが24時間体制で勤務」としています。
とくに北朝鮮では2000年以前、国外で活動する工作員に対して本国の放送局から短波や中波帯で乱数放送を行っていたことは有名です。ラジオライフ誌や辺真一コリア・レポート編集長によれば、現在では当時ほどの活発さはないとされますが、近年では大学の通信教育の課題放送を装って指令を出しているとされます。
https://news.yahoo.co.jp/byline/pyonjiniru/20160721-00060202/
このようなアナログな手段で今もスパイに指令が出される理由は、インターネットが比較的簡単に遮断および検閲できる(中国を見よ)のに対して、低い周波数を電離層に反射させ、国境に関係なく地球の裏側まで飛んでゆく電波に壁を立てて遮断することは難しいからに他なりません。
また、簡便かつ自作のアマチュア無線設備(無線機および空中線)を利用することで、どのような国でも比較的容易に受信環境を構築できます(ただし、北朝鮮国内を除く)。良き社会人であるアマチュア無線家がスパイの隠れ蓑にされることも珍しくありません。警察当局側がアマチュア無線家に対して先入観にとらわれた偏見を持つ理由は、過去に自分たちのアナログ無線が傍受されたこと以外にも、ここにあると言えます。
国内の北朝鮮工作員が使うHFアンテナは、独立系のぱちんこ屋さんの屋上によく展張されており、警視庁では所轄署の地域警察官が日々の地域警察活動で発見次第、本署警備課外事係に報告しています。すると挙がった情報を元に本庁公安部外事二課(ソトニ)の捜査員が情通技官または警備局採用の技官を引き連れて電波発信の有無など現地調査を実施し、波の発信が確認出来れば、捜査員らはぱちんこ屋さんの近くに視察拠点を設け「行確(行動確認)」という第2ステージへ移行します。波が確認出来なければ、二課員と技官らは近くの富士そばで静かにソバをすすって帰るとされます。そっちの2課かよ。押井守かよ。おいちゃん、コロッケ追加!くすくす・・(笑)
海上保安庁の『海上保安資料館北朝鮮工作船展示』では、2001年の九州南西海域工作船事件で実際に同工作船が搭載していたアイコム製のハンディ機やHF受信機、モールス用の電鍵が展示されています。
久しぶりに海上保安庁資料館へ
北朝鮮工作船の無線機は国際VHFのハンディや430、HFみなアイコム pic.twitter.com/dputzBkfkP— JP1BEG/esJK3MUO/JA1-82519/YokohamaNE351 (@gangtiancheng) May 31, 2023
A3放送の特徴
A3放送は通常、数学的なランダムのパターン、つまり乱数を読み上げることで本来の受信者以外の受信者にとっては理解しがたい情報を送出することが目的。
また、A3放送はときに北朝鮮政府が主に西側の敵対国や、韓国、日本の諜報機関を欺くため、偽りの政治的なメッセージや指示をも含ませていた可能性も指摘されています。外部の敵対的監視者に傍受されていることを逆に利用し、無用な混乱を引き起こす欺瞞工作は軍事通信の常套手段と言えるでしょう。
A3放送は『乱数放送』
A3放送の基本スタイルは一般的な番組放送の合間、数分の間に行われる『乱数放送』です。最もよく知られた手法に『乱数表』があり、北朝鮮の日本国内工作員には事前に乱数表が渡され、ランダムな数字の暗号電文を読み上げるA3放送を短波ラジオなどで受信した工作員は手元の乱数表と数字とを照らし合わせ、暗号を解読していく作業を行います。
- 特定の周波数帯域: A3放送は通常、平壌放送の周波数を使います。例として657kHzと3320kHzが確認されています。
- 短い放送時間: 通常、数分間の放送です。
- 乱数表による暗号化: A3放送はランダムな数字を利用した暗号電文であり、受信する工作員は事前に配布された乱数表と照らし合わせて復号します。
- 理解し難い内容: 内容そのものも暗喩が使われているとされ、部外者が具体的なメッセージの内容や目的を理解するのは困難です。
したがって、このような放送を受信するため、短波ラジオ類を所持する工作員が多く、警察に摘発された北朝鮮工作員の所持品リストに短波無線機や受信機が含まれることも珍しくありません。
高氏は小さいときにある親戚の家に行った際、屋根裏に入ろうとしたところ激怒されたことがあり、その数年後に工作員をその親戚の家で匿っていたことが判明。乱数放送を受信するラジオなどが没収されたことも明かしていた。
出典 北朝鮮からラジオで日本の工作員に指示? 夜中に流れる「乱数放送」をスタジオで公開 https://times.abema.tv/articles/-/8671495
ただ、657kHzや3320kHzで放送される平壌放送のAM放送に限って言えば、通常のAMラジオ放送かつ日本国内の放送局と近似の周波数であり、また非常に送信出力が強力であるため、市販の安価なAMラジオまたはSSBモードのない短波ラジオで難なく受信できます。
A3放送のように、国営放送局からの一方的な暗号電文の送信のみ(双方向ではない)以外にも専用の周波数があるとされます。
この『日本国内で活動する工作員=短波無線』という図式は、かつてのフィクション作品でもよく描かれたトレンドで、例えばかわぐちかいじ作『黒い太陽』のほか、釋英勝作『ハッピーピープル I LOVE JAPAN』などにおいて『工作員の自宅押し入れに隠された短波無線機』が登場します。
A3放送は表向きには2000年に終了したとされますが、形を変えつつも、その本来の目的のために継続運用されているようです。現在は通常のラジオ放送を装って歌謡曲を放送するなどしていますが、実は曲および選曲の順序が工作員への暗号になっている可能性が指摘されており、北朝鮮国内で知られた『反日曲』を流すことで、なんらかの指令に代える例もあるとされています。
また、同じ偽装手法として通信制大学の課題放送を装う例も指摘されています。この場合、テキストのページ数を淡々と読み上げるなど、古典的な乱数表に準じた手法が用いられます。
どのように北朝鮮の無線通信は傍受される?
日本の政府機関による北朝鮮のA3放送の傍受方法は非公開となっています。
- 傍受施設:
- 自衛隊が公表している無線通信では東千歳通信所、小舟渡通信所、大井通信所、美保通信所、太刀洗通信所、喜界島通信所の6カ所で主にシギントを行っています。警察では北海道北広島市の通信所や東京都日野市の第二通信所(ヤマ)で行っています。
- アンテナと受信機材:
- 前述した北海道北広島市に所在する警察庁通信所のアンテナは鋭い指向性と多数のエレメントを持つログペリオディックアンテナが主力となっています。これにより、通信の発信地点および受信地点をより正確に絞り込むことができます。また、自衛隊の6のシギント施設のうち、東千歳通信所や美保通信所では「像の檻」と呼ばれる円形状の巨大なWullenweberアンテナを配備しています。また、太刀洗通信所ではレーダードーム型のアンテナを配備しています。これらの通信所は他の通信所と連携し、三角測量で発信源を突き止めることができます。主にあらゆる方向からの30MHzまでの周波数に対応します。
- 特定の周波数帯域で無線通信が行われている場合、その周波数帯域を傍受できるレシーバー(広帯域受信機)を使用して通信を傍受するでしょう。一般的には市販の受信機それも通信型受信機と呼ばれる製品で傍受をしていると考えられますが、70年代から80年代にかけての自衛隊では、米国製軍用高性能受信機「ハマーランド社SP-600」の国産品を配備していました。通信型受信機とは送信機と組にする無線設備としての性能を重視したデスクトップ型で、感度や選択度を可変できるつまみ、大型のチューニング・ダイヤルを備えています。北朝鮮情報専門収集民間団体である『一般財団法人ラヂオプレス』でも通信型受信機の使用実績があります。おそらく現在の警察や自衛隊では各メーカーに特注品を発注したと考えられますが、旧式の通信型受信機ではなく、SDR受信機が利用され、ほぼ自動化されているのかもしれません。
- 周波数掃引:
- 周波数帯域全体をスキャンすることで、無線通信の存在や特定の周波数を特定する手法です。これにより、使用されている周波数帯域や通信のパターンを把握することができます。
- 解読技術:
- もっともインテリジェンス性が高いと思われるのが解読です。当然これらの無線通信は暗号であるため、暗号キーの解析、暗号化アルゴリズムの弱点を利用する技術などを使い、ベテランの解析官が解読に当たるでしょう。ただし、過去には北朝鮮のミサイル予報を2ちゃんねらーが解読した事例があります。
気になるのは警察や自衛隊の無線傍受施設と総合通信局のDURASとの共助や協力体制ですが、不明です。
まとめ
近代の北朝鮮もインターネットによる連絡を利用することも珍しくないとされていますが、インターネットは政府情報機関による監視をすり抜けることは困難です。したがって、現在でも一定程度、アナログの短波無線が併用されています。
- 『A3放送』は、北朝鮮政府による工作員や協力者への暗号通信手段として使用された
- 日本の警察や自衛隊もそれを把握している
- AMモード(ダブル・サイドバンド)の表記が”A3″であることからその名前がついた
- 通常、乱数や特定のパターンで放送され、受信者は予め共有された鍵や情報を用いてメッセージを解読
- 通信制大学の課題放送を装う例もある
- 一般のリスナーには理解できないような特殊な手法
- 北朝鮮による日本人拉致事件とも関連しているとされる国家的な陰謀の一環
さらに以下の記事では、不明な通信の傍受に関して記載しています。