ときに偶然の可能性もあるかもしれませんが、電波と気象や自然現象は偶然だけで片付けられない関連性があり、その予知や予測に役立てられています。
たとえばAMラジオ放送の聴取時、突然『ガリガリ』、『ザリザリ』といったノイズが聴こえたことはありませんか。
この現象は雷放電によって発生する電磁波、空電がラジオの受信に影響を与えていることを示しており、一般にAMラジオにガリガリ音が入れば、おおよそ50キロ圏内における雷の発生確率が高くなります。
「ガリガリ」音の間隔が短くなると雷は近づき、逆に長くなると雷は離れています。
これは振幅変調でノイズに弱いAMラジオの弱点を逆に利用し、天候の予測手段として活用できることを示唆しています。逆に、雑音に強くて音質が良いFMラジオでは周波数変調であるが故に真似が出来ない芸当です。
参照元の『AMラジオの雑音による雷放電の検知』という項目において、雷の接近にラジオの雑音を利用するにはNHK第1や第2放送などのAM放送を受信する必要があるとしています。
出典 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieiej/28/10/28_779/_pdf
鎌田洋次「カモシカ」の解説
スポーツからアウトドア、フライフィッシングまで造詣が深い漫画家の鎌田洋次氏は、雷による空電がAMラジオ放送に及ぼす特性で天候悪化を予測した山岳救助隊員が、その的確な状況判断の上で救助活動を行うというエピソードを描いています。
本作『カモシカ』は2003年に出版された作品で2023年現在、月額で本が読み放題になるAmazonのサービス『Kindle Unlimited』の会員であれば、電子書籍版が追加料金なしで購読できますので入会をお勧めいたします。
さて、鎌田洋次氏といえば『Match the Hatch』『ようこそ庄太郎小屋へ』のヒロイン・渓子、『私の甲子園』のヒロイン・綿矢しほのなど、男勝りが魅力の女性を描くことで一部ツンデレマニア方面からも定評があります。
本作『カモシカ』のヒロインで、民間の山岳救助組織『連邦山岳救助隊』に入隊したばかりの新人救助隊員『棚垣芯子』もまた、芯の強い女性です。主人公で元・陸上部のバンビちゃん・芯子は東京の企業に勤める一般的なOLでしたが、山岳救助ヘリ会社で救助隊員だった父を救助中の事故で亡くし、その意思を継ぐため、山岳専門のレスキュー隊員となる異色作が本作です。
作品中での言明はありませんが、この『山岳救助ヘリ会社』とは、かつて日本国内で実際に設立された『トーホーエアーレスキュー社』が明らかなモチーフと言えます。同じく山岳救助を題材とした漫画『岳 みんなの山』に登場する『昴エアレスキュー』のパイロット・牧英紀もまた同社パイロットであった篠原秋彦氏がモチーフとされています。
『トーホーエアーレスキュー社』は東邦航空株式会社の子会社でしたが、トーホーエアーレスキュー社社長でパイロットであった篠原秋彦氏は出動回数約1700回、救助した遭難者は2000人以上にのぼるベテランでしたが、2002年に長野県大町市鹿島槍ヶ岳でヘリによる救助中に殉職を遂げ、この事故後に同社は解散し、救助事業は継承されていません。
そして、同氏が構想していたのが『会員制民間救助体制の確立』だったそうです。もし、故・篠原氏に娘がいたとして、その娘が父の意思を継ぎ、迅速な救助を行う民間山岳救助に加わって複数の県に跨る日本アルプスを舞台に命を懸けていたとしたら……?を描いているのかな、というのは私の想像です。
また当時、トーホーエアーレスキュー社所有の救助事業用ヘリ『アルウェット SA 315B ラマ』がレスキューミッション時に使用していたのが、長野県穂高町にある『カモシカスポーツ穂高店』の敷地内にあった芝生帯ヘリポートだったという当時の関係者の声は本作のタイトルに関して興味深いものを感じさせます。
なお、今回の記事を書くにあたり、鎌田洋次氏の「カモシカ」第一巻から画像の引用を行いました。
アマチュア無線のAMラジオ受信機能を利用して雷接近を予測
さて、アマチュア無線に興味のある方には興味深い描写と言えそうなシーンが第7話「知識の裏付け」です。主人公の芯子、先輩の馬越、同じく先輩でリーダーの花森ら女性隊員3人のパトロール班が山岳警備中に一本立てる場面があるのですが、無線と電波に関する描写が興味深いのです。
彼女らが休憩を兼ねてベースキャンプと定時連絡を行う場面。リーダーの花森が使うのはハンディ型のアマチュア無線機。機種は判然としませんが、439MHzのFMモードが確認できます。レピーター局を介しての交信でしょうか。
リーダーの花森は作中で笑顔を見せることはほぼなく、いつも険しそうな表情を見せるベテラン女性隊員。新人の芯子にもご指導、ご鞭撻、きついやつ一発、厳しい先輩です。
花森は休憩中の交信で、雑音が入ったことを気にかけます。
ただ、冒頭で述べた通り、雷のノイズはFMではなくAMに影響を及ぼしますし、この部分の描写だけ見れば間違いかもしれません。しかし、直後にAMラジオ放送にノイズが入っていることを花森の口からじかに解説する場面が描かれていますので、正しくもあります。
「AMラジオに入る雑音の間隔が短くなっている。雷が近づいている証拠よ」と、無線機を見せながら花森が言います。
すなわち、このハンディ機にはAMラジオ放送受信機能が搭載されていると考えるのが自然でしょう。そして、このことが今回、彼女に的確な行動を決定付けさせます。
休憩からパトロールを再開直後、芯子は足に怪我をした男性登山者を発見。怪我の具合から単独では下山が困難と判断した花森は男性にヘリ救助要請の承諾を取り付けようとします。
しかし、男性登山者は山岳保険に未加入であることから、ヘリを呼ぶのなら(無料の)県警ヘリを呼んで欲しいと希望します。県警ヘリは別の現場へ向かっており、有料だが民間のヘリならすぐに来るとのベースキャンプからの回答。
しかし、民間ヘリに100万円もの費用は出せないと渋る男性登山者。芯子は自分が付き添って徒歩で下山させると提案しますが、花森はそれを叱責し却下。
警察ヘリは無料だが、ほかの現場に向かっておりすぐには来られない。民間ヘリは今すぐ来られるが、登山保険に未加入のため、費用が100万円かかる。しかし、迷っていると天候悪化でどちらのヘリも呼べなくなる。
掛け捨ての数千円の登山保険加入を入山時に怠った無保険登山者は、花森に突きつけられたこの究極の選択をただちに決断しなければなりません。
もちろん稜線でグズグズしていては彼を保護する救助隊員の彼女たちにも天候悪化で命の危険が迫ります。果たして登山客はどちらを選ぶのか。
まさにこのAMラジオ放送に及ぼす空電ノイズの間隔が短くなっていく様子から花森は急速な天候悪化を察知したがために、悠長な徒歩下山を提案した向こう見ずな芯子を叱責したわけです。
結果的に花森のベテランゆえの経験と知識の裏付けが登山者の命を救うことになります。
この後、すぐに激しい雷雨が3人の女性隊員たちを襲い、彼女らはハイマツの中でビバーク。芯子はツエルトを被って雷をやりすごしながら、花森の判断こそが正しく、誤った提案をした自分を恥じます。しかし、一件落着もつかの間。翌日には登山学習中の児童らに危機が迫り、彼女ら山岳救助隊員らが駆けつけます。山では次から次にトラブルが起き、彼女らの気は休まりません。
AMラジオ受信による天候予測のまとめ
以上のように、本作では山岳におけるアマチュア無線による連絡だけでなく、アマチュア無線機(に搭載されたAMラジオ受信機能)による天候予測(雷の接近予測)という非常に興味深いシーンが描かれています。
もし、無線機にAMラジオ受信機能がついているなら、利用すると天候悪化の簡易予測に便利でしょう。もちろんAMラジオ本来の情報収集能力(天気予報とニュース)も活用したいところです。
筆者が使用しているスタンダードのハンディ型アマチュア無線機VX-3なら独立したAM/FMラジオ放送受信機能が搭載されており、ラジオ放送を聴きながらアマチュアバンドやエアバンドをはじめ、各種ユーティリティ無線の待ち受け聴取が可能で人気です。
重くても頑丈な筐体を有し、山屋からの絶大な支持を得ているベストセラー機FT-60でさえ、AM/FMラジオ機能はついていません。
と言うわけで、アマチュア無線が登場する漫画の一編をご紹介させていただきました。
なお、アマチュア無線が主題のマンガから、劇中にちらっと出てくる作品まで、筆者が現時点で知っているものをいくつか過去の記事でも挙げていますので、興味があればご一読ください。